「僕と彼女とマヨネーズと 〜前編〜」

僕はマヨネーズが大嫌いだ。
でも、僕はその大嫌いなマヨネーズを、たったの一度だけ、自らの意思で口にした事がある。

それはいつだったか、とにかく春。

僕は恋をしていた。
お相手は、バイト先のガソリンスタンドで一緒に働いていた一つ年下の、ほんのちょっと気が強くて、それでいてどこかおしゃまで、とてもいい香りのする愛らしい女の子だった。
仲良くなりたかったけど照れ屋の僕には、彼女とうまく喋る機会がほとんどない。喋ったと言えば僕が「レギュラー満タン給油しまーす。」に対し彼女が「お願いしまーす。」と言ったくらいのものだ。
掛け合いが逆の時もあった。あと「お先に失礼しまーす。」「お疲れ様でしたー。」も、あった。「いらっしゃいませー。」に対して「いらっしゃいませー。」と言うのもあったけど、コレは山彦アイサツで残念だけどお喋りしたわけじゃない。
ただ、バイトが終わる時間になると彼女に声をかける動機が出来る。彼女に対して「お先に失礼しまーす。」の言葉を発する事が、そのたった一言のお喋りが、なによりの楽しみだった。
でも、僕より彼女の方が先にバイトをあがる時、ときたま声をかけてもらえない事もあって、それは悲しかった。
嬉しかったのは僕がある日、バイト中に怪我をした時があって、彼女は僕に「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。その一言で怪我の痛みがよく吹き飛んだものだった。
とにかくそんな風に半年間を有意義に過ごした。

秋が来て。好きな女の子とたくさんの言葉を交わしながら、秋が来て。

僕は夢中だった。
まるで夢の中。夢の出来事。夢と言う字の横に、人が立って「儚(はかない)」と言う字になるな。とか考えた。
狂ってたあの日。
僕は相変わらずガソリンスタンドのアルバイトをしていた。バイト先の人たちは皆仲が良くて、仕事終わりによく皆でご飯を食べに行ったり、カラオケに行ったりした。
彼女はべらぼうに唄が上手かった。彼女の唄を聞いてると、とてもいい気分になった。いい気分になってるのに、「キーがうまくとれないから」と言って、自分で歌うのをやめてしまう事もあった。いいのにキーなんか。キーなんか。
キーはどうでも良かったけど、カラオケで皆が座る席はどうでもよくなかった。席は大事だった。
座るポジションによって、その日のカラオケを有意義に過ごせるかどうかが左右されると言っても過言ではない。そのくらい大事だった。
僕にとっていいポジションとは、カラオケの画面に向かって、彼女より奥側にあたる席に座る事だ。そこならば彼女が歌っている最中に、画面を見ている風を装って、彼女の横顔を(こっそり)見ていられる。
僕はいいポジションをいつも取れなかった。隣の席なんてもっての他だったし、「コレ歌ってーや。」みたいな会話は、夢のまた夢だった。
それでも、彼女と(バイト先の人たちも)よく行ったカラオケは、今でも印象に残っている。そんな風にして、やがて冬が来た。

冬。あの娘の横顔を見つめて冬。

僕はガムシャラだった。
冬は、木々たちを生まれたままの姿にするなぁ、なんて事を考えた。その分僕はパーマをあてた。ツイストパーマ。髪も心もねじれ飛ぶ。ピンクタイフーン。
彼女との距離は徐々に縮まっていた。会話が増えた。「おはようございます。今日は寒いですね。」とか「お先に失礼します。あとよろしくね。」とか。あと目を見て話すようになった。目を見て話すとドモッた。
ある日、バイトの上がり時間を合わせて遊びに行く事になった。4人で。男2、女2で。ダブルで。もちろん僕も、そして彼女もその4人の中に入っていた。もの凄い進歩だ。
それは、僕の気持ちに気付いたバイト仲間の1人がキッカケを、と僕も誘ってくれたものだった。
内容は、神戸は明石までドライブして、明石海峡大橋を眺めて、明石焼きを食べて、その後の事は、まぁ流れで、という感じのものだった。 明石までドライブして明石海峡大橋眺めて明石焼き食べて、その後の事は、流れ? その流れでその後僕はどうなってるんだろうか。 木々たちと同じように、生まれたままの姿になっているのだろうか。生まれたままの姿にしたりされたりしているのだろうか。
僕が仮にアンドロイドなら、今頃とっくにオーバーヒートしているだろう。ロボットなら、エンジンの回転数が上がりすぎてボディが耐え切れずに溶けていただろう。良かったよ、人間で。
そして運命の日がやってきた。

つづく

[コラム] 片岡百萬両 (ミジンコターボ)
ミジンコターボの主宰であり、演出であり、役者であり、宣伝美術であり、れっきとした器用貧乏。なんともポジティブに活動に取り組み、さまざまな劇団から客演の声がかかる忙しい男。
劇団サイト=http://www.mijinkoturbo.com/